歩合給(出来高)から時間外手当相当額を控除しても、有効とされた例
今回のメルマガ【2021年5月号】目次
1 歩合給(出来高)から時間外手当相当額を控除しても、有効とされた例
【判例】
事件名:トールエクスプレスジャパン事件
判決日:大阪高判令和3年2月25日
(参考:国際自動車事件最高裁判決)
【事案の概要】
貨物自動車運送事業等を目的とする株式会社との間で労働契約を締結し,集荷・配達業務(以下「集配業務」という。)に従事していた従業員らが,能率手当の計算に当たり,業務結果等により算出される額(賃金対象額)から時間外手当に相当する額を控除しているため,労働基準法37条所定の割増賃金の一部が未払であるなどと主張して,会社に対し,各労働契約に基づき,未払の割増賃金及び労働基準法114条所定の付加金並びにこれらに対する遅延損害金の支払を求めた。
・賃金制度
①平成26年12月15日までの賃金制度(以下「旧賃金制度」という。)
・職務給(13万円) ・勤続年数手当 ・現業職地域手当 ・能率手当 等 |
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基準外賃金 |
・通勤手当 ・別居手当 ・時間外手当 ・宿日直手当 ・休暇手当 ・調整手当 |
能率手当 |
従事した業務内容(本人取扱重量,件数等)に基づき算出された「賃金対象額」と称する出来高が,時間外手当Aの額を上回る場合に支給。 次の計算式により算出。 (賃金対象額-時間外手当A)×α 「α」は, 1以下の係数であって, 総労働時間÷ (総労働時間 +60時間までの時間外労働時間×0.25 +60時間を超える時間外労働時間×0.5 +深夜労働時間×0.25 +法定休日労働時間×0.35) |
能率手当を除く基準内賃金÷年間平均所定時間 ×(1.25×60時間までの時間外労働時間 +1.5×60時間を超える時間外労働時間 +0.25×深夜労働時間 +1.35×法定休日労働時間) |
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時間外手当B |
能率手当÷総労働時間 ×(0.25×60時間までの時間外労働時間 +0.5×60時間を超える時間外労働時間 +0.25×深夜労働時間 +0.35×法定休日労働時間) |
②平成26年12月16日以降の賃金制度(以下「新賃金制度」という。)
基準内賃金 |
・職務給(13万円) ・勤続年数手当 ・現業職地域手当 ・能率手当 ・独身手当 ・配偶者手当 等 |
基準外賃金 |
・通勤手当 ・別居手当 ・時間外手当 ・宿日直手当 ・休暇手当 ・調整手当 ・扶養手当 |
時間外手当A |
能率手当を除く基準内賃金÷年間平均所定時間 ×(1.25×時間外労働時間 +0.25×深夜労働時間 +1.35×法定休日労働時間) |
時間外手当B (旧賃金制度と同様) |
能率手当÷総労働時間 ×(0.25×60時間までの時間外労働時間 +0.5×60時間を超える時間外労働時間 +0.25×深夜労働時間 +0.35×法定休日労働時間) |
時間外手当C |
能率手当を除く基準内賃金÷年間平均所定時間 ×0.25×60時間を超える時間外労働時間 |
【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部、①②などの数字、装飾等は引用者による。)】
1 規範(「3 労働基準法37条の定める割増賃金の支払の有無等に関する判断基準」)
「使用者が労働者に対して労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が,通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として,労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討する」
「その前提として,労働契約における賃金の定めにつき,①通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である」
「そして,使用者が,労働契約に基づく特定の手当を支払うことにより労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったと主張している場合において,前記の判別をすることができるというためには,②当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要する」
「当該手当がそのような趣旨で支払われるものとされているか否かは,当該労働契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべき」
「その判断に際しては,㋐当該手当の名称や㋑算定方法だけでなく,㋒使用者に割増賃金を支払わせることによって,時間外労働等を抑制し,もって労働時間に関する労働基準法の規定を遵守させるとともに,労働者への補償を行おうとする労働基準法37条の趣旨を踏まえ,当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならない」
2 あてはめ
⑴ ①明確区分性について
「能率手当や各時間外手当の算出方法は本件賃金規則に明記され,」「本件賃金規則は各支店に備えられ,いつでも閲覧することが可能な状態に置かれていた」
また、「前記各賃金項目とその金額は,控訴人らに対して交付される給与支払明細書に明確に区分して記載されていた」
「これらの事実によれば,本件賃金規則は,控訴人らと被控訴人との労働契約の内容となっており,本件賃金規則においては,能率手当を含む基準内賃金が通常の労働時間の賃金に当たる部分,時間外手当A,B及びCが労基法37条の定める割増賃金であり,当該割増賃金は他の賃金と明確に区別して支給されていると認めることができる。」
⑵ ②対価性(時間外労働等に対する対価性)について
「㋐当該手当の名称及び㋑算定方法」について
「時間外手当A及びBは,その名称及び前記認定の計算方法から見ると,時間外労働等に対する対価であると評価することができる。」
「㋒使用者に割増賃金を支払わせることによって,時間外労働等を抑制し,もって労働時間に関する労働基準法の規定を遵守させるとともに,労働者への補償を行おうとする労働基準法37条の趣旨を踏まえ,当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等」について
a 能率手当の趣旨目的と算出方法
「能率手当は,出来高払制の賃金に関する賃金制度の設計において「時間的効率向上」を考慮要素とすることとして,賃金対象額が時間外手当Aの額を超える場合にのみ,超過差額を基準として能率手当を支給することにしたもの」
「事業所外で行われ,業務遂行に当たり一定の裁量が認められる集配職の業務の効率化を図る趣旨目的」
「出来高払制の賃金として能率手当を設けることには合理的理由があり,被控訴人が割増賃金の支払を免れる目的で能率手当を導入したと認めることはできない。」
「また,前記認定の導入・改定の経緯に照らし,能率手当の前提となる賃金対象額の算出方法には合理性がある」
b 時間外手当Bについて
(a) 労働基準法27条との関係
「労働基準法27条は,出来高払制の賃金の場合に,労働時間に応じた賃金の保障をすべきものとしている
「本件賃金制度は,固定給と出来高払制の賃金を併用するもの」
「控訴人らの実収賃金の概ね半分から6割以上は固定給及び時間外手当Aであって,固定給及び時間外手当Aにより,同条の定める労働時間に応じた賃金の保障がされている」
(b) 計算方法
「また,労働基準法施行規則19条1項7号は,出来高払制の賃金の場合における労働基準法37条1項の規定による通常の労働時間の賃金の計算方法について定めている」
「本件賃金制度における時間外手当Bは,能率手当部分についての割増賃金を,労働基準法施行規則19条1項7号に従って算定したもの」
「したがって,時間外手当Bについては,最高裁令和2年判決の事案とは異なり,能率手当が発生しない場合に時間外手当Bだけが支払われるという事態が発生することはなく,割増賃金として支払われるものの中に通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分が含まれ,労働基準法37条の割増賃金に当たる部分とそれ以外の部分を判別することができないという問題は生じない。」
(c) 結論
したがって,「時間外手当Bは,時間外労働等に対する対価として支払われるものと認められる。」
c 時間外手当Aについて
(a) 労働基準法37条の趣旨との関係
「出来高払制の賃金を定めるに当たり,売上高等の一定割合に相当する金額から労働基準法37条に定める割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする定めが当然に同条の趣旨に反するものと解することができない」
(b) 他の理由
「本件賃金制度における能率手当の趣旨目的及び前提となる賃金対象額の算出方法には合理性があ」る
また、「固定給と併用する賃金体系に照らし,労働基準法27条に違反しているとも認めることができない」
さらに、「本件賃金制度のもとでは,時間外手当Aは,賃金対象額の多寡(したがって,能率手当の有無)にかかわらず,必ず支払われる」
そのため、「本件賃金制度において,被控訴人は,労働基準法37条等の定める時間外労働等に対する割増賃金の支払を負担」
「能率手当自体は,集配業務の効率化のための出来高払制の賃金として,対象賃金額を上限として時間外手当Aを含む固定給部分に追加して支給されるという性質を有するもの」
(c) 結論
「時間外手当Aは,実質的にみても,時間外労働等の対価として支給されるものというべきある。」
d 結論
「時間外手当A,B及びCは,いずれも時間外労働等に対する対価として支給されたと評価することができる。」
【結論】
「したがって,被控訴人が控訴人らに対し労働基準法37条の定める割増賃金として支払った賃金の額は,労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないから,被控訴人が控訴人らに対し,未払割増賃金の支払義務を負うことはない。」
【コメント】
国際自動車事件最高裁判決と同じ規範と用いつつ、あてはめにおいて、「歩合給(出来高)から時間外手当相当額を控除しても、有効」と判断されたケースです。
使用者に有利な裁判例ですが、理由付けにおいて、業務に裁量があることや、労働組合との協議の経緯などが触れられておりますので、「国際自動車事件最高裁判決の射程範囲」を意識しつつ分析することが重要です。
なお、本裁判例についての動画解説の視聴にご興味のある方(経営者、社労士先生など)は、
https://www.itm-asp.com/form/?3211
から、ご視聴下さい。
(視聴期限は、2021年6月末(無料)です。期限経過後の視聴にご興味のある方は、rt@tamura-law.comまで、お問い合わせ下さい)
2 雇止め理由証明書の理由の記載が、告示に反しないとされた例
【判例】
事件名:I社事件
判決日:東京地判令和2年11月10日
【事案の概要】
人材派遣業等を行っている法人である被告から雇止めを受けた原告が,被告が送付した雇止めの理由証明書に記載された雇止めの理由が厚生労働省の定める基準に適合しないとして,①同基準に適合した雇止めの理由証明書の送付、並びに②不法行為による損害賠償請求権に基づき慰謝料20万円及び③これに対する遅延損害金の支払を求めた。
・当事者
被告 |
人材派遣業等を行っている株式会社 |
原告 |
被告において勤務していた契約社員(平成19年2月~平成30年9月) |
・時系列
平成19年2月 |
原告が、被告にて勤務開始 |
平成30年9月30日 |
被告が、原告を雇止め |
令和2年2月25日頃 |
原告が,被告から,令和2年2月25日付けの雇止めの理由証明書(以下、「本件証明書」といいます。)を受領 |
・有期労働契約の締結,更新及び雇止めに関する基準(平成15年10月22日厚生労働省告示第357号)(以下、「本件告示」といいます。一部抜粋。下線部は、引用者によります。)
第2条(略)
2 期間の定めのある労働契約が更新されなかった場合において,使用者は,労働者が更新しなかった理由について証明書を請求したときは,遅滞なくこれを交付しなければならない。
・有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準について(厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署)(一部抜粋。下線部は、引用者によります。)
○ 雇止めの理由の明示
明示すべき
「雇止めの理由」 は、 契約期間の満了とは別の理由とすることが必要です。
例えば下記の例を参考にしてください。
・ 前回の契約更新時に、
本契約を更新しないことが合意されていたため
・ 契約締結当初から、
更新回数の上限を設けており、 本契約は当該上限に係るものであるため
・ 担当していた業務が終了・中止したため
・ 事業縮小のため
・ 業務を遂行する能力が十分ではないと認められるため
・ 職務命令に対する違反行為を行ったこと、
無断欠勤をしたこと等勤務不良のため
等
・本件証明書の記載(下線部は、引用者によります。)
契約を更新しなかった理由:「業務継続に対する適格性を欠くと判断したため」
【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部、①②などの数字、装飾等は引用者による。)】
「1 争点(1)について」
「本件告示は,前記のとおり,使用者に対して,労働者が更新しなかった理由について証明書を請求したときは,遅滞なくこれを交付しなければならない旨を定めたものであって,その理由の具体性の程度について定めるものではない。」
「そして,厚生労働省が作成するパンフレット(甲3)は,飽くまでも理由の例を掲げたにとどまるものと解される。」
「本件証明書には,「業務継続に対する適格性を欠くと判断したため」と記載されており,本件告示に違反するものとはいえない。」
「2 争点(3)について」
「前記1に照らせば,原告が請求した雇止め理由書の再送付を被告が拒んだことも違法ではない。」
【結論】
「原告の請求は,その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がない。」
【コメント】
本件では、雇止めの理由証明書における理由の記載の程度につき、①本件告示、及び②厚生労働省が作成するパンフレットの解釈が示されました。
その上で、本件証明書の記載が、①本件告示に違反しないと判断されており、使用者に有利な裁判例ですので、ご紹介します。
なお、被告は、「本件告示は,労働基準監督署が指導や助言を行うための基準にすぎず,私法上の効力を有するものではなく,原告の被告に対する雇止め理由証明書の送付を請求する権利を発生させるものではない。」とも主張していましたが、上記主張については、判断されませんでした。
3 労働組合を脱退した労働者に対し雇止めが有効と判断された例
【判例】
事件名:トヨタ自動車(ユニオン・ショップ雇止め)事件
判決日:名古屋地裁岡崎支判令和3年2月24日
【事案の概要】
労働組合との間で従業員についてユニオン・ショップ制を取る被告会社において,期間従業員として雇用されていた原告が,加入していた労働組合を脱退し他の系列労働組合に加入したところ,契約更新を希望していたにもかかわらず雇止めをされたのは合理性,必要性や社会的相当性を欠き,処分は無効であるなどとして,未払賃金等の支払を請求するなどした事案
・当事者
被告 |
自動車及びその関連部品等の製造販売等を業とする会社 |
原告 |
期間従業員(期間工)及びシニア期間従業員として勤務 ※シニア期間従業員:雇用契約が更新されて継続勤務期間が1年を超え,シニア期間従業員としての雇用契約が締結された者 |
・時系列
平成27年9月21日 |
原告が,被告にて期間従業員として勤務 |
平成28年7月20日 |
シニア従業員となるとトヨタ自動車労働組合に加入する必要がある旨説明 ↓ 原告,「期間従業員契約更新申請書」を提出 |
平成28年10月1日頃 |
原告は,シニア期間従業員となり,トヨタ自動車労働組合に加入 |
平成30年3月19日頃 |
原告は,トヨタ自動車労働組合に対し,「トヨタ自動車労働組合退会届通知書」を提出 |
平成30年3月31日 |
原告が,契約期間満了をもって被告を退職 |
【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部、①②などの数字、装飾等は引用者による。)】
1 「ユニオン・ショップ制の有効性(争点(1))について」
「労働組合法7条1項但書の条件を充足するユニオン・ショップ制は,労働者が労働組合の組合員たる資格を取得せず又はこれを喪失した場合に,使用者をして当該労働者との雇用関係を終了させることにより,間接的に労働組合の組織の拡大強化を図る制度」である。
「一定の勤務年数を経過したシニア期間従業員のみ制度対象とすることには合理性があり(・・・),上記制度趣旨に反するものとはいえない。」
2 「第二労働組合加入時期(争点(2))」
「原告が平成30年3月31日の契約期間満了までに第二労働組合に加入したとは認められない。」
3 「第二労働組合加入の告知の有無(争点(3))」
「仮に原告が契約期間満了までに第二労働組合に加入していたとしても,第二労働組合又は原告から被告に対し,契約期間満了までにその旨の告知があったとも認められない」。
「原告は,最終の契約期間5か月のために労働組合費を負担することを嫌い,契約期間満了までに他の労働組合に加入せず,若しくは他の労働組合に加入した旨を被告に告知することもしないで,ユニオン・ショップ制により雇止めされることを希望し,契約更新を希望することで会社都合退職となり失業保険給付日数が長期化することを意図していたものというべきである。」
4 「労働契約法19条違反(争点(4))」
「被告は,ユニオン・ショップ制により非組合員を解雇する義務を負うものである。」
「原告は」「労働組合費の負担を免れるために契約を終了させることを自ら意図していた(有期労働契約の更新を期待していなかった)者であるから,雇止めが解雇権の濫用に当たらないことは明らかである。」
5 「労働契約法16条違反(争点(5))」
・・・略・・・
【結論】
「その余の争点について検討するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がない。」
【コメント】
本裁判例は、ユニオン・ショップ制を取る会社において、労働組合を脱退した労働者に対し、雇止めが有効と判断されており、使用者に有利な裁判例ですので、紹介します。
❶本判決の引用する日本食塩製造事件(最二小判昭50・4・25)
➋三井倉庫港運事件(最一小判平元・12・14)
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