1 (労務×就業規則×不利益変更×営業成績給×廃止)
営業成績給の廃止(就業規則の不利益変更)が有効とされた例
1 (労務×就業規則×不利益変更×営業成績給×廃止)
営業成績給の廃止(就業規則の不利益変更)が有効とされた例
【判例】
事件名:野村不動産アーバンネット事件
判決日:東京地判令和2年2月27日
【事案の概要】
被告は、不動産の売買並びにその仲介、コンサルティング及び鑑定、不動産の販売代理業務等を目的とする株式会社である。
原告は、平成12年11月2日、野村不動産株式会社において、流通営業社員(流通仲介営業に携わる雇用期間に定めのある従業員)として勤務を開始した。そして、平成13年4月、野村不動産株式会社がその不動産流通業務等を被告に営業譲渡したことに伴い、被告に転籍した。その後、原告と被告は、平成13年9月13日、同年10月1日付けで、雇用期間に定めのない従業員であるアーバンネット社員(流通営業職)に職制転換することに同意した。その後、アーバンネット社員は、社員名称を改められた。平成22年4月以降、「アーバンネット社員」という呼称が「社員」に改められ、その中に営業職A(営業成績給の支給あり。)、営業職(営業成績給の支給なし。)及びスタッフ職という区分が設けられることとなり、原告は営業職Aとなった。
被告は、平成29年4月1日、被告の就業規則を変更し、給与規程を制定する(以下、給与規程の制定を含む就業規則の変更を「本件就業規則の変更」という。)などして、新たな人事制度を導入した。(以下、同日から導入された被告の人事制度を「本件人事制度」といい、改定前の人事制度を「旧人事制度」という。)
原告は、平成29年4月1日に施行された被告の就業規則及び給与規程は、従前の給与体系において支給されていた営業成績給を廃止する点において労働条件の不利益変更に当たり、かつ、当該変更が合理的なものであるとはいえないから、本件労働契約の内容とはならないなどと主張して、被告に対し、本件労働契約に基づき、変更前の従前の給与体系に従って算出した賃金の未払分の支払を求めた。
【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部、①②などの数字、装飾等は引用者による。)】
1 本件労働契約において、営業成績給のある給与体系が就業規則の変更によっても変更されない労働条件として合意されていたか否か
「本件労働契約において、営業成績給のある給与体系が就業規則の変更によっても変更されない労働条件として合意されていたとまで認めるに足りる的確な証拠はない。」「むしろ、」「原告と被告は、平成13年10月の原告のアーバンネット社員への職制転換に際し、原告が被告の業務全般に従事することを合意していたところ、」「原告は、」「上記合意に基づき、営業成績給が支給されない職種に異動する可能性があったのであるから、原告と被告との間で、営業成績給のある給与体系が就業規則の変更によっても変更されない労働条件として合意されていたと認めることはできない。」
2 本件就業規則の変更の有効性
(1)本件就業規則の変更が原告との関係において不利益変更に当たるか否かについて
「被告において本件就業規則の変更(本件人事制度の導入)により営業成績給を廃止した理由の一つには,旧人事制度において営業職Aにあった従業員に営業成績給が支給されていたことについて,他の従業員との関係で不平等である旨が指摘されていたことがあり,営業職Aの職務にあった従業員には,少なくとも月例賃金で支給されていた営業成績給が支給されなくなるのであるから,本件就業規則の変更により不利益が生じる可能性があるということができる。」「現に・・・本件人事制度において平成29年4月分から平成30年3月分までに支給された賃金が合計781万3707円であったのに対し,旧人事制度において想定される同時期の賃金が合計821万5882円であり,同様に,本件人事制度において同年4月分から同年6月分までに支給された賃金が合計164万0300円であったのに対し,旧人事制度において想定される同時期の賃金が合計164万3819円であり,いずれも,本件人事制度の導入により支給される賃金が減少していることが認められる。」そして「平成29年3月末までに成立した契約に基づき同年4月以降に入金された手数料に関する営業成績給の支給が終わり,営業成績給が完全に支給されなくなった平成30年1月分から同年6月分までの賃金を比較すると,本件人事制度において支給された賃金が合計263万6300円(33万2000円×3+36万2000円×3+55万4300円)であったのに対し,旧人事制度において想定される同時期の賃金が合計294万6202円(33万2000円×6+6万3614円+19万4194円+4万8575円+1万1070円+6万5628円+15万2784円+2万円+39万8337円)であり,本件人事制度の導入により,支給される賃金が1割以上減少していたことが認められる。」また「被告が試算する原告の想定年収額自体も,平成17年から平成28年までの原告の年収額(平均約621万5217円である〔前記1(3)ア〕。)を相当に下回るものであることからすると,本件就業規則の変更により原告との関係において不利益が生じていないとする被告の上記主張を採用することはできない。」
(2)本件就業規則の変更が合理的なものであるということができるか否かについて
ア 労働者の受ける不利益の程度について
「本件就業規則の変更により、原告には、上記(1)のとおりの不利益が生じており、」「この点のみをみれば、原告が受けた不利益の程度は小さくない」。
もっとも、「旧人事制度において営業職Aの職務にあった従業員の給与体系についてみれば、手数料収入に連動した出来高払ではなく、当該従業員が担う役割に応じて給与支給額が増え、当該役割に応じた給与を安定的に支給することとしたものである。したがって、原告についても、本件人事制度において、高い役割を果たすようになれば給与支給額が増額する」。原告における賃金額減少のような、「本件人事制度の導入直後の不利益は、将来にわたって固定化されるものではなく、今後の昇進等により減少ないし消滅し得るものである」。
イ 労働条件変更の必要性について
「被告は、平成24年頃から事業規模を拡大し、営業拠点を約50店舗から100店舗に増やし、営業に携わる従業員を約500名から1000名に倍増するという経営方針を立ち上げ、そのために新卒の従業員を中心に採用を行うとともに既存の従業員を定着させるという人事計画を立てた」。
また、「当時、被告の従業員であるアーバンネット社員には従前の雇用経緯によって複数の異なる給与体系が適用され、同じ営業職であっても」「給与体系の違いによる給与支給額の差が生じて」いた。「上記の経営方針及び同方針に基づく人事計画の実現によって、管理すべき営業拠点や営業に従事する従業員の大幅な増加が見込まれたことからすると、人事労務管理の観点からも統一的な人事制度を導入する必要性があった」。
加えて、「本件人事制度の導入は、従業員に対する賃金の総原資を減少させるものではなく、賃金額決定の仕組みや配分方法を変更する」ことを目的として行われた。「給与体系を含む人事制度の設計は、人材育成等の雇用施策等と深く関わるものであり、使用者側の経営判断に委ねられる部分が大きい」。
「一般的に不動産仲介業ではインセンティブにおいて実績主義の傾向が強いこと等からコンプライアンスに抵触する事案が生じやすい旨や、従業員の満足度の向上を図る上でも固定給を採用することによって継続的な新卒者の採用が可能となり、実績を上げている例がある旨の指摘がある」。「被告が従業員の定着率を上げるために営業成績給を廃止し、それを月例賃金や賞与等の原資とし、支給額が安定的な給与制度を導入する必要があったことは否定し難く、統一的な人事制度の導入に当たって、実績主義の傾向が強い営業成績給を廃止する旨を決定したことについても、被告の経営判断として一定の合理性がある」。
「これらの事情によれば、本件就業規則の変更による労働条件変更の必要性を認めることができる。」
ウ 変更後の就業規則の内容の相当性について
「本件人事制度の下で個々の従業員に対して支給される賃金は、従前の月例賃金の基本給に対応する役割給を基本とする毎月の賃金と、役割給の1.5か月分に相当する額及び業績評定に基づく査定金額を基本とする賞与によって構成され」る。「従業員に対しては、毎年、少なくとも役割給の15か月分の賃金は確実に支給されるという点において安定的であり、従業員の定着率を上げるという被告の人事計画とも合致する」。
また、「被告は、営業職Aの職務にあった従業員に対して相応の配慮を行い、その理解を得ることに努めていた」。被告は、「営業職Aの職務にあった者に対して説明会の機会を設け、職務区分を変更する個別の同意を得て職務区分を営業職に変更したり、基幹職に昇格させたりするといった処遇を積極的に行って」いた。「その結果、」平成26年3月末時点(営業職Aの職務区分を将来的に廃止することが決まった時点)で、営業職Aの職務にある従業員は85名だったのに対し、平成29年3月末時点(営業職Aの職務区分が実際に廃止された時点)「において、被告に在籍していた従業員のうち、基幹職に昇格したり、職務区分の変更に同意したり、退職したりすることなく、なお営業職Aの職務にあった従業員は、原告を含めて5名のみとなった。」
加えて、「本件人事制度においては、当該従業員に対する行動評定及び業績評定に基づいて役割や賞与額が決定されるところ、その評価の内容は、役割に基づいた項目の達成度、業績の難易度及び達成度等によって、従業員本人及び社内の研修を受けた評定者2名が行う評定に基づくものであり、従業員本人に対して振り返り面談が行われるなど、評定制度の恣意的な運用を避ける制度的な担保がある」。実際の運用としても、原告の人事評価において、「評定制度の恣意的な運用がされていることを認めるに足りない。」
「これらの事情によれば、本件就業規則の変更について、その内容も相当なものであるということができる。」
エ 労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情について
(ア)従業員に対する説明について
「被告は、本件就業規則の変更に当たり、複数回にわたり説明会を開催し」てきた。そして、「個別の照会窓口を設け、従業員からの個別の照会に対しても担当者が対応するなどした」。その「上で、本件人事制度の導入前に、変更後の就業規則及び諸規程を新旧対照表を付した上で閲覧できる状態にした」。このため、「従業員に対する説明、本件就業規則の変更に係る周知手続としても相当であったということができる。」
「これに対し、原告は、本件就業規則の変更により具体的にどの程度の不利益を被るか、すなわち、本件人事制度の下で原告が具体的にいかなる額の賃金を得ることができるのかについて、被告から事前に十分な説明を受けていなかった旨を主張する。」
「しかし、被告は、原告に対し、」「上記の説明会及び個別の説明において、本件人事制度において、従前の月例賃金の基本給と同水準の役割給が支給されること、月例賃金(役割給)の1.5か月分に相当する額に業績評定に基づく査定金額が加算された賞与が支給されることを説明しており」「原告としても、これらの説明を受けて、本件人事制度下において、月例賃金について、従前の基本給と同水準の役割給及び営業手当が支給され、賞与について、少なくとも月例賃金(役割給)の1.5か月分に相当する額が支給され、いずれについても営業成績給が支給されないことを理解し又は理解し得たものと認められる。そして、原告は、本件人事制度の説明を受け、営業成績給が廃止されることから、おそらく自らの収入が減少するであろうと考えていたものである」。
「他方で、賞与のうち、業績評定に基づく査定金額については、」「獲得手数料額のみならず、契約数やルート開拓等の実績も」含めた、具体的な目標を設定し、これがベースとなる。すなわち、将来の目標が査定のベースとなる。このため、「本件人事制度の運用が始まる前に、例えば、原告が前年度に獲得した手数料収入を前提として業績評定を仮定し、業績評定ランクを試算した上で、仮定の査定金額を具体的に説明することは困難であるといわざるを得ない。これらの事情によれば、被告は、本件人事制度の導入に先立ち、原告に対し、少なくとも必要とされる最低限の説明を行っていた」。本件人事制度導入前に、特に「具体的な個別の説明を求めることもなかった原告に対し、過去の営業実績に基づいて試算される本件人事制度の下での想定年収額等を説明していなかったとしても、被告において、本件就業規則の変更に際して必要とされる説明を怠ったということはできない。」
(イ)従業員の過半数を代表する者からの意見聴取について
過半数代表者「の選任方法について不適切な点があったということはできず、d氏は、被告の過半数従業員職場代表として、本件就業規則の変更に異議がない旨の意見を述べた」。「したがって、本件就業規則の変更に係る従業員の過半数代表者からの意見聴取手続が、労働基準法90条1項、労働基準法施行規則第6条の2第1項2号に違反するとは認められない。」
【結論】
労働契約法10条に照らして、本件就業規則の変更による労働条件の変更の効力が原告には及ばないことを前提とする原告の請求には理由がない。
【コメント】
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