1 (労務×メーカー×障害者雇用)知的障害及び学習障害をもつ労働者の自殺につき、業務起因性が肯定された例(但し、使用者の安全配慮義務及び注意義務の前提となる予見可能性は否定された)(例富士機工事件・静岡地判平成30年6月18日)
2 (労務×運送業×労働時間該当性)バスの運転手の休憩時間について、労基法上の労働時間とは認められないと判断された例 (南海バス事件・大阪高判平成29年9月26日)
1 (労務×メーカー×障害者雇用)知的障害及び学習障害をもつ労働者の自殺につき、業務起因性が肯定された例(但し、使用者の安全配慮義務及び注意義務の前提となる予見可能性は否定された)(例富士機工事件・静岡地判平成30年6月18日)
2 (労務×運送業×労働時間該当性)バスの運転手の休憩時間について、労基法上の労働時間とは認められないと判断された例 (南海バス事件・大阪高判平成29年9月26日)
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【判例】
事件名:富士機工事件
判決日:静岡地判平成30年6月18日
【事案の概要】
本件は、知的障害及び学習障害を持つ亡甲が自殺したことにつき、亡甲の両親である原告らが、自動車部品の製造販売を業とする株式会社であり、亡甲を雇用していた被告に対し、亡甲の自殺は被告による障害への配慮を欠く対応等が原因であり、被告には雇用契約に基づく安全配慮義務違反及び注意義務違反があると主張して、債務不履行及び不法行為に基づき、損害賠償金の支払いを求めた事案である。
【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部は、当事務所が加筆)】
1 使用者が負う安全配慮義務及び注意義務の内容
「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、かかる義務は、使用者が雇用契約に付随して被用者に対して負う信義則上の安全配慮義務であるとともに、一般不法行為法上の注意義務でもあるというべきである」。
2 自殺の業務起因性
(1)業務に対する心理的負荷の程度(結論:大きい)
裁判所は、以下の事実から、亡甲にとって、「本件プレス機での作業内容を覚えることが困難であったことは想像に難くな」く、「本件プレス機の実習が、その能力に比して加重であり、その心理的負荷は大きかったというべきである。」と判示した。
ア 「一般に、プレス機での作業をすべて覚えるには、健常者でも2、3年かかる」こと
イ 本件プレス機の作業内容も一般と同様に多く、プレス作業の経験を有する者であっても、一通りの作業ができるようになるまで1カ月程度必要であったこと
ウ 亡甲は、「プレス作業の経験がなかった」こと
エ 亡甲は、「知的障害及び学習障害があり、一生懸命話を聞いても内容を理解することが難しいという障害特性を有していた」こと
オ 亡甲が「作業内容を覚えようと、とにかく必死にメモをとっていた」形跡があること
カ 亡甲が、帰宅後も、作業内容を覚えようと努力していたことが窺われること
キ 亡甲が高校の同級生とのLINEグループにした投稿から、亡甲は、本件プレス機での実習に、安全面において心理的負担を感じていたことが窺えること
(2)心理的負荷と自殺との関係(結論:因果関係肯定)
裁判所は、
ア 知的障害や発達障害を有する者は、「無力感や劣等感、自己否定感を抱きやすく、ストレスへの耐性も他の人と比べて低いという見方もあって、うつ病や適応障害といった二次障害に陥りやすいとされていること」
および、
イ 亡甲が自殺したのは「本件プレス機が停止する出来事があった日の翌日の通勤途中であったこと」
から、亡甲が「うつ病などの精神障害を発症していた可能性もないとはいえず、本件全証拠によっても業務以外に自殺の原因となる要因は見当たらないから、被告の業務に対する心理的負荷が」「自殺を招いたものと推測される」と判示した。
3 亡甲の自殺についての被告の予見可能性の有無について(結論:否定)
裁判所は、以下の事実に鑑み、被告が、亡甲にとって「業務が過重であり、自殺や精神障害を招き得る心理的負荷となっていたことを予見することは困難であったというほかない。」と判示した。
(1)亡甲は、「新入社員研修後に実施された理解度テストで満点をと」っていたこと
(2)亡甲は、「プレス機の安全教育や金型取り付け特別教育の後に実施された理解度テストでも満点であったこと」
(3)亡甲は、「確認作業や梱包作業を順調に覚え」ていたこと
(4)亡甲は、「プレス作業への意欲を見せていたこと」
(5)本件プレス機でのプレス作業での実習においても、亡甲は各作業を比較的すぐにできるようになったこと
(6)本件プレス機での実習中、亡甲が一人での作業を命じられることはなかったこと
(7)亡甲の上司は、手本を示して、亡甲にやらせてみる方法で指導し、亡甲が出来なくても叱責することはなかったこと
(8)本件プレス機は生産負荷が低く、亡甲に作業速度や作業効率を求められていなかったこと
(9)亡甲は、被告に入社して以降、体調不良を訴えたことはなく、自殺する前日まで無遅刻無欠勤であり、本件プレス機での実習開始後においても、残業や休日勤務はなかったこと
(10)亡甲は自殺する3日前に被告のソフトボール大会に参加し、活躍していたこと
(11)自殺する2日前に亡甲と遊んだ高校の同級生も、亡甲に異変があると感じていなかったこと
(12)自殺する前日には、本件プレス機が停止する事態が発生したが、そのことで上司が亡甲を叱責したことはなく、亡甲に普段と変わった様子はなかったこと
(13)亡甲は、同僚と良好な人間関係を築いており、上司との人間関係も良好であったこと
4 結論
裁判所は、上記の判断に基づき、原告らの請求を棄却した。
【コメント】
本判決は自殺の予見可能性を否定したものの、亡甲が知的障害及び学習障害を有していた点を踏まえ、(1)業務の心理的負荷は大きかったこと、(2)心理的負荷と自殺との関係は肯定されること、と判示しています。
障害者を雇用する職場において、一般の労働者と同じ労務管理を行った場合、使用者の法的責任が問われる可能性がありますので、今後、注意すべきです。
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【判例】
事件名:南海バス事件
判決日:大阪高判平成29年9月26日
【事案の概要】
路線バスや高速バスなどの自動車運送業務を行う株式会社である被告に雇用されて、路線バスの運転手(以下「乗務員」という。)として稼働する原告が、「被告に対し、時間外割増賃金の一部が未払であると主張して、未払時間外割増賃金」等を請求した事案の控訴審である(原告=控訴人、被告=被控訴人)。
本件において、被控訴人会社では、労働時間・休憩時間を次のように定めていた。
・「運行スケジュールにより定められている終点バスターミナル(以下「バスターミナル」という。)への到着時刻から次の運行開始時刻までの間(以下「休憩時間」という。)のうち、バスターミナル到着時刻から2分、運行開始時刻前4分の合計6分について、旅客サービスの向上やバスカードの販売促進等を目的とし、労働時間として扱う(以下、休憩時間から労働時間として扱われる時間を控除した時間を便宜上「待機時間」という。)」こと
・「終点到着から次運行開始前6分間存しない場合は6分ではなく実時分を労働時間とする」こと、上記の「1日の待機時間の合計が60分を超える場合には、60分を超えた部分の6分の1(1分未満は切り上げ)を労働時間に算入する」こと
・「道路事情等により運行スケジュールよりもバスターミナル到着が遅れた場合には、延着時間については労働時間として扱う」こと
【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。)】
1 労働基準法上の労働時間該当性について
(1)判断基準について
「労基法上の労働時間とは,労慟者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい,実作業に従事していない時間(以下「不活動時間」
という 。)が労基法上の労働時間に該当するか否かは,労働者が使用者の指揮命令下に置かれていたと評価することができるか否かにより客観的に定まるものというべきである。不活動時間においては,その間,労働者が労働から離れていることを保障されて初めて,労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができるのであって,不活動時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たるというべきである。そして,当該時間において,労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には,労働からの解放が保障されているとはいえず,労働者は使用者の指揮命令下におかれているというのが相当である。」
原審は、以下の理由により、控訴人の待機時間が労基法上の労働時間にあたらないと判断している。
「バスの移動、忘れ物の確認、車内清掃等は、基本的にはバスターミナル到着後2分間及び次の運行開始時間前4分間で行うことが可能であり…、それ以外の待機時間について、乗務員は、休憩を取ることが可能であった。そして、被告は、乗務員が休憩するための施設として一部のバスターミナルに詰所を設置しており、被告を含む多くの乗務員がこれを使用していたこと…、休憩中にはバスを離れて自動販売機等に飲料を買いに行くことも許されていたこと…、乗務員がバスから離れることができるようバスには施錠可能なケースや運転台ボックスが設置されていたこと…、原告自身もバスを離れてトイレや詰所に行っていたこと…などの事実に照らせば、乗務員が待機時間中にバスを離れて休憩することを許されていたことは明らかである。」
また、「乗務員は、予定時間より早くバスを移動させることができるように準備しておく必要もなかったのであるから、出発時間の4分前にバスを停留所に接着できるようにバスに戻ればよく、その間は自由にバスを離れることが可能であった。」
「このように、待機時間中、乗務員は自由にバスを離れて休憩をとることが可能であった上、被告は、乗務員が休憩中であることを理由に乗客対応を断ることや貴重品や忘れ物をバス車内に置いてバスを離れることを認めており…、乗務員は、待機時間中には、乗客対応、貴重品や忘れ物、バス車体等の管理を行うことを義務付けられていたとは認められない。」
(3)控訴審の判断(本判決の内容)
本判決では、原審の理由に加えて、被控訴人(会社)「作成の運転営業係必携には、『お客さまに対しては、常に親切、ていねいに応対しなければならない。』、『運転営業係等は、各自の役割を自覚し誠実な態度と正しい言葉づかいで、お客さまに接しなければならない。』等記載されているが、この記載は労働時間内であることを前提とするものであり、この記載をもって、乗務員が、本件各待機場所において、バス車内で休憩しているとき、あるいは、バスから離れているとき、乗客からの質問、問い合わせを受けた場合にまで、これに対応することを義務付けるものとは、直ちにはいえない。」
「被控訴人の乗務員が、本件各待機場所において、休憩時間中に、乗客からの質問、問い合わせを受けることが、よくあったことを認めるに足りる的確な証拠もない。」
「さらに、本件各待機場所において、休憩時間中に、乗務員が乗客対応を行った場合には、延着時分申告書に乗客対応を行ったことや所要時間を記載して被控訴人に提出する取決めとなっていた(乗客対応を行った時間は労働時間となる)。」
「控訴人が、待機時間として主張する時間中の特定の時間に、控訴人が、乗客対応等の具体的な実作業時間等に従事したとの具体的な主張はなく、上記実作業等に従事したことを認めるに足りる証拠もない。」
という理由を加えた上で、控訴人(乗務員)の待機時間の労働時間該当性を否定した。
2 結論
控訴審は、上記の判断から、控訴人(乗務員)の待機時間につき時間外手当を求める請求には理由がないと判断した。
【コメント】
本事件は、バスの運転手が、待機中の休憩時間について、労基法上の労働時間であると主張した事例です。
控訴審裁判所は、原審の判断を維持した上で、さらに理由を付け加えて、待機時間中、乗務員は労働義務から解放されていたとして、待機時間の労働時間該当性を否定しました。
実務上、休憩時間につき、労働者から労働時間性を争われることが多いですが、使用者に有利な判断ですのでご紹介します。