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【判例】
事件名:井関松山製造所事件
判決日:松山地判平成30年4月24日
【事案の概要】
被告(農業用機械器具の製造及び販売等を事業目的とする会社)との間で期間の定めのある労働契約を締結して就労している従業員である原告らが、被告と期間の定めのない労働契約を締結している従業員との間に、賞与及び各種手当の支給に関して不合理な相違が存在すると主張して、被告に対し、当該不合理な労働条件の定めは労働契約法20条により無効であり、原告らには無期契約労働者に関する賃金規程の規定が適用されることになるとして、当該賃金規程の規定が適用される労働契約上の地位に在ることの確認を求め、本件手当等については、
〔1〕主位的に、同条の効力により原告らに当該賃金規程の規定が適用されることを前提とした労働契約に基づく賃金請求として、
〔2〕予備的に、不法行為に基づく損害賠償請求として、実際に支給された賃金との差額の支払
を求めた事案
【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。)】
1 手当等の支給に関する相違の有無
「有期契約労働者である原告らには,賞与と同様の性質を有する寸志が一季5万円のみ支給され,家族手当,住宅手当及び精勤手当は支給されていないところ」、「無期契約労働者には賞与支給基準に従い賞与が支給され,その平均賞与額は一季35万円を超え,家族手当,住宅手当及び精勤手当が支給されており」「本件手当等の支給に関して,原告らと無期契約労働者の間で相違がある」。
「本件相違は,有期契約労働者である原告らと無期契約労働者で適用される就業規則が異なることによって生じていることは明らかである」
2 労働契約法20条違反の有無に係る判断枠組み
「労働契約法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者の間の労働条件の相違について,各考慮要素を考慮して,「不合理と認められるものであってはならない」と規定し,「合理的でなければならない」との文言を用いていないことに照らせば,同条は,当該労働条件の相違が不合理であると評価されるかどうかを問題としているというべきであり,そのような相違を設けることについて,合理的な理由があることまで要求する趣旨ではないと解される。」
「そして,同条は,有期契約労働者と無期契約労働者の間の労働条件の相違が不合理と認められるか否かの考慮要素として,〔1〕職務の内容,〔2〕当該職務の内容及び配置の変更の範囲のほか,〔3〕その他の事情を掲げており,その他の事情として考慮すべきことについて,上記〔1〕及び〔2〕を例示するほかに特段の制限を設けていないことからすると,労働条件の相違が不合理であると認められるか否かについては,上記〔1〕及び〔2〕に関連する諸事情を幅広く総合的に考慮して,個々の労働条件ごとに判断すべきものと解される。」
3 相違の不合理性について
(1) 賞与(結論:合理性あり)
「一般的に,賞与は,支給対象期間の企業の業績等も考慮した上で,毎月支給される基本給を補完するものとして支給され,支給対象期間の賃金の一部を構成するものとして基本給と密接に関連し,賃金の後払としての性質を有することに加え,従業員が継続勤務したことに対する功労報奨及び将来の労働に対する勤労奨励といった複合的な性質を有するものと解されており,被告における賞与についても,これと同様の性質を有するものと推認される。そして,これらの性質については,無期契約労働者だけでなく有期契約労働者にも及び得ることは,原告らの指摘するとおりである。」
しかし、
「(ア)将来,組長以上の職制に就任したり,組長を補佐する立場になったりする可能性がある者として育成されるべき立場にある無期契約労働者に対してより高額な賞与を支給することで,有為な人材の獲得とその定着を図ることにも一定の合理性が認められること,
(イ)原告らにも夏季及び冬季に各5万円の寸志が支給されていること,
(ウ)中途採用制度により有期契約労働者から無期契約労働者になることが可能でその実績もあり,両者の地位は必ずしも固定的でないこと」
「を総合して勘案すると,一季30万円以上の差が生じている点を考慮しても,賞与における原告らと無期契約労働者の相違が不合理なものであるとまでは認められない。」
(2) 家族手当(結論:合理性なし)
「証拠によれば,昭和14年にインフレを抑制するために発出された賃金臨時措置令を受けて賃金引上げが凍結されたが,物価上昇によって,扶養家族を有する労働者の生活が厳しさを増したことから,翌年,一定収入以下の労働者に対し扶養家族を対象とした手当の支給が許可されたことにより,多くの企業において家族手当が採用されたこと,その後,第2次大戦直後のインフレ期には,労働組合が生活保障の要素を重視する観点から家族手当の支給や引上げを要求し,企業もそれに応じ,高度経済成長期には,いわゆる日本的雇用システムが構築され,正規雇用者として長期に雇用される男性世帯主を中心に支給される家族手当が,従業員に対する処遇として定着したことが認められる。」
「被告においても,家族手当は,生活補助的な性質を有しており,労働者の職務内容等とは無関係に,扶養家族の有無,属性及び人数に着目して支給されている。」
「上記の歴史的経緯並びに被告における家族手当の性質及び支給条件からすれば,家族手当が無期契約労働者の職務内容等に対応して設定された手当と認めることは困難である。そして,配偶者及び扶養家族がいることにより生活費が増加することは有期契約労働者であっても変わりがないから,無期契約労働者に家族手当を支給するにもかかわらず,有期契約労働者に家族手当を支給しないことは不合理である。」
(3) 住宅手当(結論:合理性なし)
「被告は,無期契約労働者に対して一律に住宅手当を支給しているわけではなく,民営借家,公営住宅又は持家に居住する無期契約労働者に住宅手当を支給している。そして,民営借家居住者には公営住宅居住者及び持家居住者と比べて高額な手当を支給し,扶養者がいる場合にはより高額な手当を支給している。また,賃貸契約の場合,当人が賃貸契約の当事者であることを要件としている。」
「そうすると,被告の住宅手当は,住宅費用の負担の度合いに応じて対象者を類型化してその者の費用負担を補助する趣旨であると認められ,住宅手当が無期契約労働者の職務内容等に対応して設定された手当と認めることは困難であり,有期契約労働者であっても,住宅費用を負担する場合があることに変わりはない。したがって,無期契約労働者には住宅手当を支給し,有期契約労働者には住宅手当を支給しないことは,不合理であると認められる。」
(4) 精勤手当(結論:合理性なし)
「無期契約労働者には,月給者(連続1か月未満の欠勤については,基本給の欠勤控除を行わない者をいい,事務・技術職とされる。)と月給日給者(欠勤1日につき,月額基本給の1/20.3の金額を欠勤控除する者をいい,技能職とされる。)がいるところ,被告は,月給日給者かつ当該月皆勤者に限り精勤手当を支給しており,月給者には精勤手当を支給していない(乙6・2条3項ないし5項,10条1項及び3項,17条)。そうすると,精勤手当の趣旨としては,少なくとも,月給者に比べて月給日給者の方が欠勤日数の影響で基本給が変動して収入が不安定であるため,かかる状態を軽減する趣旨が含まれると認められる。」
「そして,有期契約労働者は,時給制であり,欠勤等の時間については,1時間当たりの賃金額に欠勤等の合計時間数を乗じた額を差し引くものとされ」
「欠勤日数の影響で基本給が変動し収入が不安定となる点は月給日給者と変わりはない。したがって,無期契約労働者の月給日給者には精勤手当を支給し,有期契約労働者には精勤手当を支給しないことは,不合理であると認められる。」
4 労働契約法20条の効力(補充的効力の有無)(結論:補助的効力なし)
「労働契約法20条が「期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止」との見出しの下に「不合理と認められるものであってはならない」と規定していることから,同条に違反する労働条件の定めは無効というべきであり,同条に違反する取扱いは,民法709条の不法行為が成立する場合があり得るものと解される。」
「そして,労働契約法は,同法20条に違反した場合の効果として,同法12条や労働基準法13条に相当する補充的効力を定めた明文の規定を設けておらず,労働契約法20条により無効と判断された有期契約労働者の労働条件をどのように補充するかについては,無期契約労働者と有期契約労働者の相違を前提とした人事制度全体との整合性を考慮した上,労使間の個別的又は集団的な交渉に委ねられるべきものであって,裁判所が,明文の規定がないにもかかわらず労働条件を補充することは,できる限り控えるべきものと考えられる。」
「本件では,無期契約労働者の就業規則は,有期契約労働者については別に定める就業規則を適用すると明記している。」
「無期契約労働者の賃金規程においても,無期契約労働者に適用する賃金に関する事項を定めると規定し,試用社員について家族手当を除き賃金規程を準用し,嘱託,準社員及び臨時については,別に定める基準によると規定しているが,有期契約労働者については言及がない。」
「そして,有期契約労働者の就業規則には,無期契約労働者の就業規則2条に基づき,有期契約労働者の労働条件等を定めると規定し,賃金についてもその就業規則において規定している。」
「また,原告らの労働契約書をみても,無期契約労働者の就業規則及び賃金規程が適用されることを前提とする約定は見当たらない。」
「以上のとおり,無期契約労働者の就業規則等とは別個独立のものとして有期契約労働者の就業規則等が存在しており,関係する就業規則等の規定を合理的に解釈しても,有期契約労働者に対して,無期契約労働者の労働条件を定めた就業規則等の規定を適用することはできない。」
「そうすると,原告らの被告に対する,無期契約労働者に関する就業規則等の規定が適用される労働契約上の地位に在ることの確認を求める請求及び平成25年5月から平成27年4月までに支給される本件手当等について,原告らに当該就業規則等の規定が適用されることを前提とした労働契約に基づく賃金請求には理由がない。」
「他方で,原告■は,祖母が平成26年11月22日に死亡するまで祖母を扶養しており,同月分までは家族手当の支給要件に該当すること,原告■は,扶養者がなく,自らが賃借人となって民間住宅の賃貸借契約を締結して現在に至るまで居住し,賃料を支払っており,住宅手当の要件のうち「無扶養者かつ民営借家居住者」に該当すること,原告らは,一部の月を除き,精勤手当の支給要件に該当することから,原告らに対する上記各手当(以下「本件各手当」という。)の不支給は,原告らに対する不法行為を構成するというべきである。」
5 結論
本判決は、上記の判断に基づき、被告に対し、原告への、
・ 39万3060円及びうち17万2040円に対する平成27年6月20日から,うち22万1020円に対する平成29年10月26日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員
・ 19万7530円及びうち12万6960円に対する平成27年6月20日から,うち7万0570円に対する平成29年10月26日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員
・ 11万0380円及びうち5万5330円に対する平成27年6月20日から,うち5万5050円に対する平成29年10月26日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員
の支払いを命じた。
【コメント】
本事件は、無期契約労働者と同一の製造ラインに配属された有期契約労働者の各種手当の相違について、その合理性と、各種手当の支払義務の有無が争われた事件です。
本事件につき、裁判所は、各種手当の特殊性を考慮し、賞与の合理性を肯定、家族・精勤・住宅手当の合理性を否定しました。
労働条件について、労働契約法20条により、その合理性が否定され、無効となった場合、同条に違反する取扱いは,民法709条の不法行為が成立する場合があると判断しました。
本判決及び最高裁判決の内容を踏まえ、企業としては、賃金規程につき、対応を迫られると考えられます。