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【判例】
事件名:Y連合会事件
判決日:福岡地小倉支判平成27年2月25日
【事案の概要】
Y連合会の運営する病院に看護師として勤務していたXが,同病院の看護師長である被告師長のパワーハラスメントにより適応障害を発症し退職せざるを得なくなったとして,被告師長に対しては,不法行為による損害賠償請求権に基づき,Y連合会に対しては使用者責任又は債務不履行による損害賠償請求権に基づき,連帯して,損害金314万9916円等の支払を求めた。
【判旨】(「」内は判旨の一部抜粋。下線部は引用者による。)
1 事実経過
(1)被告師長言動1
原告は,平成25年4月9日,3番目の娘が数日前からインフルエンザに罹患しており,自身も体調が悪かったため,インフルエンザに罹患した可能性があるため受診し早退したい旨を被告師長に申し出た。同日時点で,原告の有給休暇は残っていた。
被告師長は,前師長からの引継ぎも踏まえ,原告が子のことで休まないと約束したと認識していたことから,原告に対し,「受診してもいいけどしない方が良いんじゃない。P1(原告)さんもう休めないでしょ。」,「受診してもいいけど,娘がインフルにかかっているとかは言わない方がいい。インフルエンザの検査もしないで。」などと発言した。
原告は,同日,受診しインフルエンザの検査を受け(検査結果は陰性であった。),早退はしなかった。
(2)被告師長言動2
原告は,平成25年5月17日,4番目の娘が通う保育園から,40度の熱,嘔吐及び下痢のため迎えに来てほしいとの連絡を受け,夫も原告の母も都合がつかなかったため,被告師長に申し出て早退した。
被告師長は,原告に対し,「子供のことで一切職場に迷惑をかけないと部長と話したんじゃないの。年休あるから使ってもいいけど。私は上にも何も隠さずありのままを話すから。今度あなたとは面談する。」などと発言した。
(3)被告師長言動3
被告師長は,平成25年6月11日の定例の面談において,原告に対し,「私が上にP1(原告)は無理ですと言ったらいつでも首にできるんだから。」などと発言した。
(4)被告師長言動4
平成25年9月17日から18日にかけて,被告病院において,退院した患者に同姓の別の患者の薬を取り違えて渡すという過誤が発生した(以下「本件過誤」という。)。
被告師長は,平成25年9月19日頃,本件過誤の事実経過を聴取等する際,他の看護師もいるナースステーションで原告を厳しく叱責した。また,被告師長は,過誤防止対策の一環として,関与した看護師に対して当日の出来事を時系列で書いて提出するよう指示したが,原告に対しては,反省文を書くよう求めた。
(5)原告の体調不良
平成25年7月頃から,原告には,胃が痛い,食欲がない,通勤の際病院に近づくと息苦しくなる,不眠等の症状が生じた。原告の上記症状について,被告師長は認識していなかった。
原告は,同年4月以降は,有給休暇の範囲内で休暇を取得し,欠勤したことはなかったが,同年11月頃,心療内科を受診し,同月28日に適応障害のため平成26年1月31日まで自宅療養を要するとの診断,同月14日に同年3月末まで自宅療養の延長を要する旨の診断をそれぞれ受け,平成25年11月28日から平成26年3月31日まで病気休業した。
原告は,平成25年11月より前に心療内科等を受診したことはなかった。
原告は,平成26年3月31日,退職した。
2 争点(1)(不法行為の成否)について
(1)被告師長言動1及び2について
本判決は、被告師長言動1及び2について、「労働基準法39条所定の要件を満たす場合,労働者は法律上当然に所定日数の有給休暇を取る権利を取得し,使用者はこれを与えるのみならず,労働者が有給休暇を取ることを妨げてはならない義務を負う。前記認定にかかる被告師長言動1及び2は,原告が有給休暇を取得することは望ましくないとする意思を表明するものであるところ,直属の上司としてのそのような発言は,結果として有給休暇を取得したとしても,その後に有給休暇を取りにくい状況を作出したり,有給休暇を取得したこと自体が人事評価に影響するなどの発言とともにされた場合には,使用者の上記義務に反し,労働者の有給休暇の権利を侵害するものというべきである。
これを被告師長言動1についてみると,原告からの受診及び早退の申出が急にされたものであることを前提としても,インフルエンザに罹患した可能性があるのにその検査をしないよう求めること自体が医療従事者として不適切といわざるを得ない上,原告は受診しインフルエンザに罹患していなかったが結局早退しなかったこと,被告師長言動2においては,原告が急病の子を保育園に迎えに行くためやむを得ず早退を申し出たという事情にもかかわらず,有給休暇を取得した場合には評価にも関わるとの原告を威圧する発言と併せてされたことに鑑みると,前年度に原告が全ての有給休暇を取得したほか欠勤も相当期間あったことを考慮しても,なお違法というべきである」と判断した。
(2)被告師長言動3について
本判決は、「私が上にP1(原告)は無理ですと言ったらいつでも首にできるんだから。」との発言は,「1年の期間の定めのある雇用契約の下で勤務する原告に対し,雇用契約の継続について不安を生じさせ得るものであるから,少なくともその根拠となるに足りる事情が存在し,そのことについての指導等を行った上ですべきであるが,平成25年4月に2度目の雇用契約がされてから2か月が経過した同年6月時点において,原告について雇用契約の継続に影響するような勤務状況があり,そのことについて被告師長らが指導をしていた等の事情は記録上うかがわれないから,配下にある者に対し過度に不安を生じさせる違法な行為というべきである」と判断した。
(3)被告師長言動4について
本判決は、「被告師長言動4は,原告も自身に責任があることを認めている本件過誤に関しされたものであるところ,その重大性に照らすと,ナースステーションにおける叱責が,上司として許容される相当な指導の範囲を逸脱するものと直ちにいうことは困難である。しかし,本件過誤に関与した他の看護師2名と比較して原告の落ち度が明らかに大きいとは認められないにもかかわらず(確かに,被告病院における運用上,薬の準備をすべきであったのは夜勤担当の原告であったが,実際には当日の看護師同士の現場での役割分担によって前日の日勤担当看護師が薬の準備をし,最終責任者は翌日の日勤担当看護師とされていた。),他の2名の看護師が作成した報告書とはその趣旨が異なるといえる反省文を原告にのみ書かせたことは,複数の部下を指導監督する者として公平に失する扱いであったといわざるを得ず,反省文提出までにされた口頭での指導ないし叱責についても,他の看護師と比較して長時間かつ厳しいものであったことがうかがわれる」と判断した。
(4)不法行為責任について
本判決は、「被告師長言動1から4までは,いずれも客観的には部下という弱い立場にある原告を過度に威圧する言動と評価すべきであって,被告病院南2階病棟の看護師長として,原告を含む同病棟に勤務する複数の看護師を指導監督する立場にある者の言動として,社会通念上許容される相当な限度を超えて,配下にある者に過重な心理的負担を与える違法なものと認められ,不法行為に該当するというべきである」と判断した。
(5)使用者責任について
本判決は、「Y連合会の使用する被告師長の被告師長言動1から4までの各行為は,Y連合会の被告病院の運営という業務においてされたもので,その事業の執行について行われたものであるから,Y連合会は原告に対し使用者責任を負うと認められる」と判断した。
3 争点(2)(原告に生じた損害額)について
本判決は、①慰謝料30万円、②原告が平成25年11月28日からY連合会を退職した平成26年3月31日までの約4か月間病気休業した休業損害61万5166円、③適応障害の治療のための治療費及び交通費18万4750円、、④弁護士費用相当損害金10万円の、合計119万9916円及び遅延損害金を、原告に生じた損害額と判断した。
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【コメント】
1 被告師長言動3について
本判決は、有期雇用契約社員に対して、雇用契約の継続について言及する場合には、「少なくともその根拠となるに足りる事情が存在し,そのことについての指導等を行った上ですべきである」としています。
有期雇用契約社員にとって、雇用契約の継続は重大な関心事であり、その不継続を示唆する言動は、有期雇用契約社員に対して過度に不安を生じさせるものであるため、少なくとも、本判決が例としてあげるような、雇用契約の継続に影響を与え得る勤務状況が現にあり、それを改善指導するために言及する場合でない限り、安易に言及することは避けるべきです。
2 被告師長言動4について
パワハラと熱心な教育・指導とは、一概に区別できるものではなく、上司自身は熱心な教育・指導を行っていると認識していても、パワハラであると認定される可能性はあります。
仮に、上司としては、それぞれの性格や能力に合わせた指導をしているつもりであっても、同様のミスをした部下に対して別の指導方法をとった場合には、より厳しい指導を受けた部下から、パワハラではないかとの認識を抱かれるリスクがあるという点に注意しておく必要があります。
3 まとめ
労働者がパワハラを受けた場合、会社としては、①パワハラを受けたこと自体による精神的苦痛の慰謝料だけではなく、②労働者がパワハラによって心身の健康に支障を来たしたことによる治療費や休業した期間の休業損害をも、支払わなければならないことになります。
また、パワハラは、パワハラを受けた労働者の他、周りの労働者にも仕事への意欲低下等の悪影響を与え得ます。また、パワハラ行為者にも職場の業績の悪化や社内での信用の低下をもたらしたり、懲戒処分や訴訟のリスクを抱えることにもなります。
このように、パワハラは、会社にとってパワハラを受けた労働者に対する金銭賠償を行わなければならないのみならず、会社自身の、職場全体の生産性への悪影響、貴重な人材の流出、会社のイメージダウンの可能性等の大きな損失につながります。
したがって、会社としては、これらの悪影響を回避するため、パワハラ対策を十分に行う必要があります。