【判例】
事件名:学校法人中央学院事件(第一審)
判決日:東京地判令和1年5月30日
【事案の概要】
被告は、私立学校法の規定に基づき設立された学校法人であり、学校教育法に規定する私立学校たる大学である本件大学等を設置し、運営している。本件大学には、被告との間で無期労働契約を締結している専任教員(以下単に「専任教員」という。)及び有期労働契約を締結している非常勤講師等が就労している。原告は、平成5年4月頃に被告との間で有期労働契約を締結し、それ以降、本件大学の非常勤講師として被告の業務に従事している者である。
原告は、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結している本件大学の専任教員との間に、本俸の額、賞与、年度末手当、家族手当及び住宅手当の支給に関して、労働契約法20条の規定に違反する労働条件の相違がある旨を主張して、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、差額賃金等の支払等を求めた。
【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部、①②などの数字、装飾等は引用者による。)】
1 争点:原告と本件大学の専任教員との間に労働契約法第20条の規定に違反する労働条件の相違があるか。
(1)判断枠組み
「労働契約法第20条の規定は,有期労働契約を締結している労働者(以下「有期契約労働者」という。)に係る労働条件が期間の定めがあることにより同一の使用者と無期労働契約を締結している労働者(以下「無期契約労働者」という。)に係る労働条件と相違する場合においては,当該労働条件の相違が,労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。),当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情(以下「職務の内容等」という。)を考慮して,不合理と認められるものであってはならない旨を定めている。同条の規定は,有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件に相違があり得ることを前提に,職務の内容等を考慮して,その相違が不合理と認められるものであってはならないとするものであり,職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であると解される。そして,同条に規定する「期間の定めがあることにより」とは,有期労働契約者と無期労働契約者との労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることをいうものと解される。」
(2)原告と専任教員の賃金に関する労働条件が「期間の定めがあることにより」(労働契約法第20条)相違している場合に当たるか。
「本件大学の非常勤講師である原告と専任教員の賃金に関する労働条件の相違(本俸の額,賞与,年度末手当,家族手当及び住宅手当の支給の有無)は,被告との間で有期労働契約を締結している非常勤講師の賃金に関する労働条件が,無期労働契約を締結している専任教員に適用される本件給与規則ではなく,本件非常勤講師給与規則によって定められることにより生じているものであるから,当該相違は,労働契約の期間の定めの有無に関連して生じたものであるということができる。
したがって,本件大学の非常勤講師である原告と専任教員の賃金に関する労働条件は,労働契約法第20条に規定する期間の定めがあることにより相違している場合に当たるということになる。」
(3)当該労働条件の相違の不合理性を判断するに当たっての考慮要素
ア 職務の内容並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲について
「原告の被告との間の労働契約に基づく業務の内容は,」「定められた契約期間内に,定められた担当科目及びコマ数の授業を行うというものであり,当該業務に伴う責任の程度も,当該授業を行うに伴うものに限られる。
他方で,本件大学の専任教員の被告との間の労働契約に基づく業務の内容は,」「定められた担当科目及びコマ数の授業を含む専攻分野についての教育活動を行うこと」「にとどまらず,専攻分野についての研究活動を行うこと」,「教授会で審議すること」「,任命された大学組織上の役職」「,各種委員会等の委嘱され,又は任命された事項」「,学生の修学指導及び課外活動の指導」「,その他学長が特に必要と認めた事項」「に及ぶものであって,次の(ア)及び(イ)のとおり,その具体的な内容を見ても,上記の原告の業務とはその内容が大きく異なるものであり,専任教員は,授業を担当するのみならず,大学運営に関する幅広い業務を行い,これらの業務に伴う責任を負う立場にあるということができる。」
「(ア)教育活動,研究活動並びに学生の修学指導及び課外活動の指導について」
・・・略・・・
「(イ)その他の大学運営に関する業務等について」
・・・略・・・
イ その他の事情について
「労働者の賃金に関する労働条件は,労働者の職務の内容及び変更の範囲により一義的に定まるものではなく,使用者において,雇用及び人事に関する経営判断の観点から,労働者の職務の内容及び変更の範囲にとどまらない様々な事情を考慮して,労働者の賃金に関する労働条件を検討するものと解される。また,労働者の賃金に関する労働条件の在り方については,基本的には,団体交渉等による労使自治に委ねられる部分が大きいということもできる。そして,労働契約法第20条の規定は,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるかどうかを判断する際に考慮すべき事情として,「その他の事情」をも挙げているところ,その内容を職務の内容及び変更の範囲に関連する事情に限定すべき理由は見当たらない。
したがって,労働契約法第20条に規定する「その他の事情」は,職務の内容及び変更の範囲並びにこれらに関連する事情に限定されるものではないものと解される」「ところ,」「本件におけるその他の事情として,以下の各事情を認めることができる。」
「(ア)本件大学の非常勤講師の待遇に関する労使交渉の経緯」
・・・略・・・
「(イ)私立大学等の経常的経費についての国庫補助金に関する定め」
・・・略・・・
「(ウ)他大学における非常勤講師の賃金水準との比較等
・・・略・・・
(4)上記を踏まえて、原告と本件大学の専任教員との間の賃金に関する労働条件の相違が労働契約法第20条に規定する不合理と認められるか。
ア 判断枠組み
「労働契約法第20条に規定する「不合理と認められるもの」とは,有期労働契約者と無期労働契約者との労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいうものと解される。そして,有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであるかどうかを判断するに当たっては,両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく,当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である。」
イ あてはめ
「賃金の額や手当の有無に係る相違について確認すると,原告が比較対象者として主張する本件大学の専任教員について平成25年11月から平成28年10月までの間に支給される本俸額が合計1999万5600円(年666万5200円)であり,賞与及び年度末手当額が合計883万2534円(年294万4178円)であるとされ」「,専任教員については,これらに加えて,」「家族手当(配偶者のある者については,月額1万6000円)及び住宅手当(世帯主については,月額1万7500円)が支給されていた。他方で,非常勤講師である原告の平成27年度の本俸(1コマ当たりの月額給与)額は3万2100円であり,平成25年11月から平成28年10月までの間に支給された本俸額」「が合計684万9520円(年228万3173円)であったところ,これに加えて,賞与,年度末手当,家族手当及び住宅手当が支給されることはなかったものである。
(ア)本俸について
「確かに,原告と専任教員との間には,本俸額について約3倍の差があったものと解される。しかしながら,」「そもそも,非常勤講師である原告と専任教員との間には,その職務の内容に数々の大きな違いがあるものである。このことに加え,一般的に経営状態が好調であるとはいえない多くの私立大学において教員の待遇を検討するに際しては,国からの補助金額も大きな考慮要素となると考えられるところ,」「専任教員と非常勤教員とでは補助金の基準額の算定方法が異なり,その額に相当大きな開きがあることや,」「原告を含む本件大学の非常勤講師の賃金水準が他の大学と比較しても特に低いものであるということができないところ,」「本件大学においては,団体交渉における労働組合との間の合意により,非常勤講師の年棒額を随時増額するのみならず,廃止されたコマについても給与額の8割の支給を補償する内容の本件非常勤講師給与規則第3条5項を新設したり,原告のように週5コマ以上の授業を担当する非常勤講師について私学共済への加入手続を行ったりするなど,非常勤講師の待遇についてより高水準となる方向で見直しを続けており,原告の待遇はこれらの見直しの積み重ねの結果であることからすると,原告が本件大学においてこれまで長年にわたり専任教員とほぼ遜色ないコマ数の授業を担当し,その中に原告の専門外である科目も複数含まれていたことなどといった原告が指摘する諸事情を考慮しても,原告と本件大学の専任教員との本俸額の相違が不合理であると評価することはできないというべきである。
なお,本件大学の専任教員の本俸額は,当該専任教員がその業務に要する時間を直接の根拠として定められたものとは解し難いから,原告と専任教員との本俸額の差がそれぞれの業務に要する時間の差と比例しないものであることをもって,直ちに,原告と本件大学の専任教員との本俸額の相違が不合理であると評価することはできない。」
(イ)賞与及び年度末手当について
「被告は,本件大学の専任教員のみに対して賞与及び年度末手当を支給していたものである。しかしながら,これらは,被告の財政状態及び教職員の勤務成績に応じて支給されるものである」「ところ,上記」で「指摘した各事情に加え,本件大学の専任教員が,授業を担当するのみならず,被告」「の財政状況に直結する学生募集や入学試験に関する業務を含む大学運営に関する幅広い業務を行い,これらの業務に伴う責任を負う立場にあること」「からすると,被告において,本件大学の専任教員のみに対して賞与及び年度末手当を支給することが不合理であると評価することはできないというべきである。」
(ウ)家族手当及び住宅手当について
「被告は,これらの手当についても,本件大学の専任教員のみに対して支給していたものである。しかしながら,その支給要件及び内容」「に照らせば,家族手当は教職員が家族を扶養するための生活費に対する補助として,住宅手当は教職員の住宅費の負担に対する補助として,それぞれ支給されるものであるということができるものであり,いずれも,労働者の提供する労務を金銭的に評価して支給されるものではなく,従業員に対する福利厚生及び生活保障の趣旨で支給されるものであるということができるところ,上記ウにおいて指摘した各事情に加え,授業を担当するのみならず,大学運営に関する幅広い業務を行い,これらの業務に伴う責任を負う立場にある本件大学の専任教員として相応しい人材を安定的に確保する」「ために,専任教員について福利厚生の面で手厚い処遇をすることに合理性がないとはいえないことや,本件大学の専任教員が,その職務の内容故に,被告との間の労働契約上,職務専念義務を負い,原則として兼業が禁止され,その収入を被告から受ける賃金に依存せざるを得ないことからすると,被告において,本件大学の専任教員のみに対して家族手当及び住居手当を支給することが不合理であると評価することはできない。
なお,」「原告は,大学の非常勤講師を職業とし,被告から受ける賃金がその収入の大半を占めていたものであるが,被告以外のどの大学といかなるコマ数の授業を担当するかに制限はなく,被告との間の労働契約上,その収入を被告から受ける賃金に依存せざるを得ない専任教員とは事情が異なるものであるから,被告において,専任教員の義務コマ数である5コマ以上のコマ数を担当する非常勤講師については家族手当及び住宅手当の支給の対象とするといった賃金制度を採用しなかったことが不合理であるなどということもできない。」
(エ)また,上記「までにおいて説示したところによれば,原告と本件大学の専任教員の賃金(本俸,賞与,年度末手当,家族手当及び住宅手当)の総額を比較したとしても,その相違が不合理であると評価することはできないというべきである。」
(オ)結論
「したがって,原告と専任教員との間の賃金に関する労働条件の相違が労働契約法第20条に規定する不合理と認められるものであるということはできない。」
【結論】
「以上によれば,原告の損害額等のその余の事項についての検討を経るまでもなく,労働契約法第20条の規定の違反を理由とする原告の請求を認めることはできないし,」「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律第8条違反に基づく原告の請求を認めることもできない」。
【コメント】
注目すべきは、住宅手当につき、転居を伴う配転の有無に言及せず、不合理性を否定した点です。
ハマキョウレックス事件(最高裁)やメトロコマース事件(高裁)を前提とすると、住宅手当については、「転居を伴う配転があるか」が基準であると考えられます。しかし、本件では、「転居を伴う配転があるか」ではなく、職務の内容や変更の範囲などが重視されています。
メトロコマース事件の最高裁判決において、住宅手当についての直接の判断はない状況(上告不受理についての判断はあります)ですので、本件は、使用者に有利な裁判例として、ご紹介します。
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