1 従業員に対する間接的な退職強要(パワーハラスメント)が認定された例(東京高判平成29年10月18日)
2 非正社員に対する退職金の差別的取り扱いが不法行為に該当するとされた例(京都地判平成29年9月20日)
1 従業員に対する間接的な退職強要(パワーハラスメント)が認定された例(東京高判平成29年10月18日)
2 非正社員に対する退職金の差別的取り扱いが不法行為に該当するとされた例(京都地判平成29年9月20日)
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【判例】
事件名:フクダ電子長野販売事件
判決日:東京高判平成29年10月18日
【事案の概要】
控訴人会社は、医療機器の販売を主な業務とする会社で、控訴人Yはその代表取締役である。被控訴人X1~X4は、控訴人会社の従業員であった。
被控訴人らは、控訴人Yから、同社在職中に退職を強要されるパワーハラスメントを受けたなどと主張し、控訴人Y及び控訴人会社に対して、慰謝料等の損害賠償請求をした。
【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部は引用者による。)】
1 X2に対する退職強要
控訴人Yは、控訴人会社の前代表取締役による「交際費支出に不正行為があって、被控訴人X2がこれに加担し、同人の処分として解雇が可能であると認識しており、実際に被控訴人X2の同年7月の賞与を減額し、懲戒処分として本件降格処分を科し」ており、「控訴人Yが被控訴人X2に対して行った種々の言動は上記認識を前提とするものであり、同年7月9日には被控訴人X2を常務室に呼び出した上、…一方的に長時間にわたって批判ないし非難を続け、被控訴人X2の弁明に対応しなかったのである。」
「しかし、被控訴人X2に懲戒事由はなく本件降格処分は無効であり、同年7月の賞与を減額する理由も」なく、「控訴人Yが被控訴人X2に懲戒や賞与減額の責任があると認識したことがやむを得ないといえる事情も見当たらない。」
「そうすると、控訴人Yは、平成25年4月に控訴人会社の代表取締役に就任して以来、被控訴人X2に対し、正当な理由なく批判ないし非難を続け、控訴人会社において同年7月の賞与を正当な理由なしに減額し、懲戒処分の手続を進めて同年7月に無効な本件降格処分を行うなどし、その結果、被控訴人X2は、控訴人会社に長年勤務して50歳代後半であり、定年まで勤務するつもりでいたのに、勤務の継続を断念して同年7月16日に退職願を出して退職するに至ったのである。」
「これらの事情を総合勘案すると、控訴人Yの上記一連の行為は被控訴人X2に退職を強要するものにほかならないのであって、違法な行為に当たる。」
2 X1に対する退職強要
「被控訴人X1についてみるに、控訴人会社の本店所在地には常勤の事務職として被控訴人ら4名のみが業務に従事していたのであり、控訴人Yの平成25年4月以降の被控訴人X2に対する言動は当然に被控訴人X1にも伝わっていた」。「そうすると、被控訴人X1は、同年7月当時、被控訴人X2が正当な理由がないのに懲戒処分を受けるのが確実であることを認識していたと認められる。」
「しかも、被控訴人X1自身も同年7月の賞与を正当な理由なく減額された」ところ、「控訴人Yは、同年7月12日に被控訴人X1に対し賞与を減額した理由を説明した際、…『被控訴人X2の責任もあるが、被控訴人X1にも責任がある。会社としては刑事事件にできる材料があり、訴えることもできるし、その権利を放棄していない。このまましていれば、裁判所に行きましょうかという話になるし、必ず被控訴人X2も同罪で引っ張られる。』『被控訴人X1の給与が高額に過ぎる。50歳代の社員は会社にとって有用でない。』と述べたところ、これは今後の会社の経営にとって被控訴人X1が不要である旨を伝えたことにほかならない。」
「その結果、被控訴人X1は、控訴人会社に長年勤務して50歳代後半であり、定年まで勤務するつもりでいたのに、被控訴人X2らと相談して、勤務の継続を断念して同年7月16日に退職願を出し退職するに至ったのである。」
「これらの事情を総合勘案すると、控訴人Yの被控訴人X1に対する上記一連の行為は、被控訴人X1に退職を強要するものであって、違法な行為に当たる。」
3 X3及びX4に対する退職強要
「被控訴人X3と被控訴人X4は、被控訴人X2や被控訴人X1と同じ職場で働いており、控訴人Yの被控訴人X2や被控訴人X1に対する言動を見聞きしている…から、控訴人Yが正当な理由なく被控訴人X2や被控訴人X1に対し懲戒処分を科したり賞与の減額をしたりするとともに、会社の経営に不要であると伝えていることを認識していたことが認められる。そうすると、被控訴人X3と被控訴人X4が今後自分たちにも同じような対応があると受け止めることは当然である。」
「その結果、被控訴人X3は控訴人会社に再就職して勤務して50歳代後半であり、被控訴人X4は控訴人会社に転職して勤務しており、いずれも定年まで勤務するつもりでいたのに、被控訴人X2や被控訴人X1に対する正当な理由のない懲戒処分や賞与減額を見聞きし、いずれ自分たちも同じような対応を受け、退職を強いられるであろうと考え、被控訴人X3は同年7月16日に、被控訴人X4は同年7月17日にそれぞれ退職願を提出し退職するに至ったのである。」
「これらの事情を総合勘案すると、控訴人Yの被控訴人X2及び被控訴人X1に対する上記一連の退職強要行為は、被控訴人X3及び被控訴人X4にも間接的に退職を強いるものがあるから、被控訴人X3及び被控訴人X4との関係においても違法な行為に当たる。」
4 結論
「以上のとおり、控訴人Yによる上記一連の退職強要行為は違法であり、これにより被控訴人らは精神的損害を被ったから、控訴人Yにつき不法行為が成立し、控訴人会社は会社法350条の責任を負う」(慰謝料として、X1につき70万円、X2につき100万円、X3及びX4につき40万円が相当とされた。)。
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【コメント】
通常、退職強要行為は、当該行為の対象となった従業員との間でのみ争いになりますが、本件では、2名の従業員に対する退職強要行為が、他の従業員との関係で「間接的に退職を強いるもの」に該当するとの判断がなされており(具体的には、下線部参照)、注目に値します。
本件は、会社内における常勤の女性従業員が、本件の訴訟を提起した4名(X1~X4)のみであったという事情もあり、一般化できない面もありますが、退職強要行為は職場環境を害する面があるということを再確認する意味でも、重要な裁判例ですのでご紹介します。
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【判例】
事件名:退職金等請求事件
判決日:京都地裁平成29年9月20日
【事案の概要】
Xらは、浴場の管理及び運営を行うこと等を目的として設立されたY法人において、嘱託職員として勤務していた者である。Y法人では、正規職員については退職金規定が定められていたが、嘱託職員については定められていなかった。Y1が解散したことにより、Xらは解雇されたところ、Xらは、Y法人が嘱託職員の退職金規程を定めていなかったことが、平成26年法律第27号による改正(平成27年4月1日施行)前の短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律(以下「旧パート法」という。)8条1項に違反する差別的取扱いであるとして、主位的に退職金の支払いを求め、予備的に不法行為に基づく損害賠償を請求した。
【判旨(「」内は判旨の一部抜粋。下線部は引用者による。)】
1 嘱託職員らの請求について
(1) 差別的取扱いに該当するか
本判決は、「原告嘱託職員らと被告財団との労働契約は,期間の定めのないものではなかったけれども,①同契約は,少ないものでも5回,多いものでは13回にもわたって更新されて」いること、②「嘱託職員の職務の内容は恒常的なもので,かつ正規職員の職務の内容と全く同一であり,さらに契約の更新手続も形骸化していたと評価し得る程度に至っており,実際にも過去に雇止めをされた嘱託職員がいるといった事情も見当たらない」ことなどから、「原告嘱託職員らと被告財団との労働契約は,旧パート法8条2項所定の「反復して更新されることによって期間の定めのない労働契約と同視することが社会通念上相当と認められる期間の定めのある労働契約」であると認められる」と判断した。
その上で,③「嘱託職員であっても主任になる者もいたこと,④嘱託職員には他浴場への異動が予定されていないにもかかわらず正規職員にはそれが予定されていた等といった事情も認められず,正規職員と嘱託職員との間での人材活用の仕組み,運用が異なっていたわけでもないことからすると,原告嘱託職員らは,旧パート法8条1項所定の「その全期間において,正規職員と職務の内容及び配置の変更の範囲が同一の範囲で変更されると見込まれるもの」に該当すると認めるのが相当である」と認定し、「このような原告嘱託職員らが,正規職員には退職金が支給されるのに対し,何ら退職金を支給されないことについての合理的理由は見当たら」ず、「被告財団が,原告嘱託職員らに退職金を支給しないことは,旧パート法8条1項が禁ずる短時間労働者であることを理由とした賃金の決定に関する差別的取扱いであり,違法といわなければならない」と判断した。
(2) 退職金支払い請求権又は不法行為に基づく損害賠償請求権の成否
本判決は、「旧パート法には、労働基準法13条のような補充的効果を定めた条文は見当たらず、旧パート法8条1項違反によって、原告嘱託職員らの主張するような請求権が直ちに発生するとは認め難い」とした上で、「旧パート法8条1項に違反する差別的取扱いは、不法行為を構成するものと認められ、原告嘱託職員らは、被告財団に対し、その損害賠償を請求することができるというべきである」と判断した。
2 結論
以上の検討から、本判決は、嘱託職員であるXらのY法人に対する退職金相当額の損害賠償請求について、合計で約740万円を認容した。
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【コメント】
本判決は、正社員と非正社員との間での賃金格差(退職金支給の有無)が争点となった事案であり、近年、注目を集めている同一労働同一賃金を巡る裁判例のひとつです。
非正社員に対して退職金を支給していないケースも見かけることはありますが、単に非正社員であることのみを理由に、退職金を支給していないということであれば、他の事情如何によっては、本判決と同様に、差別的取扱いと判断される可能性があります。退職金は従業員1名に対し、数百万円もの支払いがなされることもありますので、仮に、差別的取扱いとされた場合に、使用者側が負担することとなる退職金相当額は、極めて高額となり得ます(本判決は、4名の嘱託職員の退職金相当額の支払義務が認められた事案ですが、合計額は約740万円です。)。
非正社員に対してのみ、退職金を支給していないということであれば(本判決と同様の事情の有無を含め)、制度の法的有効性の再確認・再検討を行った方が良いと考えます。
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